「持続可能なシステム」を出版社の皆さんと話し合いながらいっしょに構築していくことが、切なる願いです。
読書工房 成松一郎 ICHIRO NARUMATSU
成松一郎さんは、書籍編集者としていくつかの出版社で仕事をした後、2004年に有限会社読書工房を立ち上げ、ロービジョン(全盲ではないけれど、さまざまな「見えにくさ」を感じている人たち)や、学習障害・肢体不自由・知的障害などにより、読書や情報入手の困難な人たちをサポートするための出版活動を始めました。そのきっかけは、今から四〇年前、成松さんが朗読ボランティアを行っていた盲学校の高校生が、成松さんの通っていた大学を点字受験したいと希望。しかしその当時は、点字受験そのものが認められないという、理不尽な現実に直面したことにありました。(現在は、その大学も点字受験可能)
ルーペや拡大読書器を使って読書をしていた人たちに向けて、1980年から社会福祉法人埼玉福祉会、1996年から株式会社大活字が、おもに公共図書館向けの「大きな文字の本(大活字本)」の出版をはじめ、今ではほとんどの公共図書館に「大活字本コーナー」が設置されるまでになりました。
しかし、まだ課題がたくさん残されています。
ここでは、次の二点を挙げておきます。
①大活字本のほとんどが高齢者向けのタイトル
大活字本の多くは、ミステリー小説や時代小説、エッセイなどをメインに、比較的公共図書館を利用する頻度の高い高齢者を意識したラインナップになっています。
そのため、ロービジョンの子どもたちが読みたい本がきわめて少ないという現状があります。
②大活字本は少部数による出版のため、割高になり、高定価になってしまう
公共図書館は比較的予算があるほうですが、学校図書館や、個人による購入がなかなか難しい現状にあります。
視覚障害者の多くが、高齢者で中途障害という現状から、出版事業の中でも、「ロービジョンの子どもたち」への対応については、長らく置き去りになってきた側面があります。しかし、マーケットの論理だけでは、「読書バリアフリー」という社会的な課題を解決することはできません。
文部科学省が「特別支援教育」や「インクルーシブ教育」といった施策をはじめてから、特別支援学校だけではなく、一般の学校にもたくさんの障害のある子どもたちが在籍しています。
文部科学省が近年提唱しているGIGAスクール構想により、電子的なコンテンツは、今後、学校現場に入っていく可能性が高いと思いますが、電子的なコンテンツがすべてアクセシビリティに配慮しているとはいえない状況で、しかも教科書・教材がメインになっている傾向があるようです。
電子書籍の制作方式は大きく分けて二種類あり、「リフロー型」で制作されている本は文字の拡大や、フォント変更、文字色・背景色の変更などが可能ですが、コミックや雑誌に多い「フィックス型(単純にスキャンしただけのデータ)」の場合、画面全体を拡大して読むことになるので、たとえば行の終わりから次の行の先頭まで移動させるのに、結構手間がかかります。
また目の状態によっては、まぶしさに弱い特性(「羞明(しゅうめい)」といいます)があり、電子書籍のバックライトを見続けるのが困難な人も少なくありません。
やはり電子メディアと並行して、「読みやすい本」「わかりやすい本」を学校図書館にも揃えていく必要性が高まっていると感じています。
今から一五年ほど前のことです。たまたま私が学生時代ボランティア活動をしていた盲学校を訪問した際、偶然、講談社のデジタルコンテンツ出版部部次長(当時)だった金子和弘さんがいらっしゃいました。じつは、この盲学校は、講談社のすぐ近所にあります。
金子さんはその頃、社内でオンデマンド出版の事業を立ち上げ、おもに絶版になっている古典的な名著を三種類の文字の大きさから選んで製本し、購入できるサービスをインターネット上で開始されていました。まるでTシャツのサイズのように、M(通常)・L(ちょっと大きめ)・LL(かなり大きめ)という文字サイズで呼ばれていました。
そこで私のほうから、大きな文字の児童書の出版が難しいという現状について相談してみたところ、(講談社の)「青い鳥文庫」でやってみると面白いのではという話になったのです。その後、「青い鳥文庫」編集長(当時)の高島恒雄さんにお目にかかることとなり、図書館にある大きな文字の児童書のほとんどが何十年も前に出版されたまま、新刊が出ていないという現状をお伝えしたところ、高島さんは次のようにおっしゃったのです。
「ロービジョンの子どもたちが、青い鳥文庫を読んで、家族や友だちと話ができたらどんなに良いだろう」
こうして講談社オンデマンドブックス「大きな文字の青い鳥文庫」シリーズがスタートしました。一般書店で委託販売するのは難しいということもあって、まずは、全国七〇校の盲学校の図書館への寄贈事業からスタートしました。そのうちに盲学校以外からも販売してほしいという依頼が多くなり、2016年までに一一八タイトル・二二〇冊が刊行されました。
取次会社を通すとどうしても数十パーセントのマージンが必要となり、ただでさえ高定価なのがさらにコストがかかってしまうので、現在では直販、あるいは書店に直接卸販売するという方式をとっています。
講談社では、毎年「青い鳥文庫」の愛読者である小学生たちを本社に招待するイベントがあり、人気作家のはやみねかおるさんや宮部みゆきさんも出席されていたのですが、そこで「大きな文字の青い鳥文庫」もPRすることになり、ロービジョンの当事者の人に子どもたちの前でスピーチしてもらう機会を作ってもらいました。たいへん貴重な機会をいただいたと、今でも感謝しています。
以前から青い鳥文庫以外の「大きな文字の本」は出版されないのかという問い合わせを頻繁にいただいておりました。しかし、二次出版の契約となると、前例が少なく、話し合いのテーブルにつくまでにかなりの時間がかかってしまっているのが現状です(講談社の「大きな文字の青い鳥文庫」は、二次出版ではなく、講談社自身の製作・発行です。読書工房は、販売窓口だけを担当しています)。
現在は、小学館ジュニア文庫と契約を交わすことができ、今春スタートをめざして準備を進めているところです。「大きな文字の青い鳥文庫」に準じて、読みやすいフォント(字游工房の游ゴシック体)と文字サイズ(22ポイント)を使い、総ルビとします。縦組みを基本とし、選書においては、盲学校や図書館へのアンケート結果などを参考にして、当該編集部と相談しました。今後は、小説だけでなく、他のジャンルの本にも挑戦してみたいと思っています。
ほかにも数社の児童図書・ヤングアダルト図書を出している出版社と、契約に向けた交渉を続けているところです。ただし、図書館自体も予算枠という制約がありますので、大量な点数をいっぺんに出版するわけにはいきません。また、大きな文字の本を出版する側の制作体制にも限界があるので、少しずつ着実に、各社との協力関係と信頼関係を積み重ね、あくまで「持続可能なシステム」を出版社の皆さんと話し合いながらいっしょに構築していくことが、切なる願いです。
大活字本の公共図書館における現状は、特定非営利活動法人全国視覚障害者情報提供施設協会(以下、全視情協)が2021年10月に実施した調査によると、回答のあった三一〇館(比較的障害者サービスを実施していると考えられる図書館が抽出されている)のうち三〇〇館が大活字本を所蔵していると回答しています。所蔵タイトルの平均は約二〇〇〇タイトル。そのほとんどが大人向けで、児童書はほぼ「大きな文字の青い鳥文庫」です。
盲学校は、同じく全視情協アンケートとして六七校に発送し五八校が回答を寄せ、拡大写本と大活字本の所蔵タイトルの平均は四〇九タイトル。盲学校図書館予算の平均は二三万円弱ですが、学校によって、かなりばらつきがあります。また、拡大写本ボランティアはきわめて少なくなっています。
ただし、自治体(特に市町村)ごとに策定している読書バリアフリー基本計画や、子ども読書推進計画にバリアフリー図書の整備がうたわれており、予算措置へ反映される可能性が高まっています。とくに、拡大教科書をはじめ、ロービジョンの子どもたちへの合理的配慮が進み、盲学校では、大きな文字の本に対するニーズも高まっています。
じつは、高齢者が子どもの頃に読んだ本をもう一度読みたいというニーズも結構あって、大きな文字の児童書、たとえば『赤毛のアン』や『名探偵ホームズ』といった翻訳物の出版は、個人による購入が増える可能性もあります。
たしかに価格の問題がなんといっても大きな壁です。講談社の「大きな文字の青い鳥文庫」はオンデマンド印刷を導入し、読書工房が販売窓口になりコスト削減を図って継続的に出版が実現できた希有な事例です。オンデマンド印刷のさらなるコストパフォーマンスの向上や、販売方法の工夫により、協力出版社が利益を失わないようにしなければ継続できません。
将来的には「バリアフリー児童書セット」として、「大きな文字の本」だけでなく「LLブック」や「点字つきさわる絵本」「布の絵本」「オーディオブック」「マルチメディアDAISY図書」などをセット販売するなど、バリアフリー図書のコーナーづくりにつながるような取り組みも試してみたいと考えています。
また、公共図書館や学校図書館を所轄する部署、あるいは現場の司書や教員の方々への啓蒙活動も必要で、ロービジョンの子どもたちの読書環境が未整備であることを説明し、たとえば日本語を母語としない外国ルーツの子どもたち・大人たちにも、総ルビの大きな文字の本は有用であることなどをアピールして、予算措置を促進していただきたいと願っております。
大きな文字の本の販売価格は当面、価格設定を「頒価二〇〇〇円+税」で考えておりますが、そこで制作コストを回収できるようになれば、予算規模がもともと小さい盲学校や特別支援学校には、直接販売限定による割引制度を設けるなど、無理のない範囲で試してみたいと思います。また、各種助成金などの活用も積極的に挑戦したいと考えております。
2004年の創業以来、視覚障害をはじめとするさまざまな立場の人とのコミュニケーションやサポート技術などについて、出版活動を続けている。2009年創刊以来好評を博している「大きな文字の青い鳥文庫シリーズ」(発行:講談社、発売:読書工房)のほか、「障害のある人へのサポートに関する本」「図書館利用をサポートする本」「さまざまな本に出会うブックガイド」なども出版している。
(「ABSC準備会レポート 2023年2月号」収録)