国際DAISYコンソーシアム理事(元会長)、NPO法人支援技術開発機構副理事長 河村宏氏インタビュー
インターネットの技術を率先して取り入れ、すでに決まっている規格だけで組み立て、独自技術を極力排除する。
国際DAISYコンソーシアム理事(元会長)
それが規格を長持ちさせるコツです。
NPO法人支援技術開発機構副理事長 河村 宏 KAWAMURA HIROSHI
1970年から1997年まで東京大学総合図書館に勤務。(財)日本障害者リハビリテーション協会情報センター長および国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所障害福祉研究部長を経て現在にいたる。すべての人が共有する知識と情報のデザインを追及し、情報アクセス権と著作権の調和を目指した活動に取り組む。また、ソーシャルインクルージョンの立場に立ち、障害者・高齢者の災害に対する事前の備えへの情報支援と国際協力に力を注いでいる。
IFLA/LDP常任委員、国際リハビリテーション協会ICTA議長、
SC/WAI/W3C委員、ISO/TC145委員、JICA障害分野支援委員
──サピエ図書館では、圧倒的に、DAISYの利用が多いと聞きました。点字本も相当数揃えているのですが、桁が違うくらい利用されています。でも、出版業界では「DAISY」という用語を知らない人も多いのが現実です。「DAISY」とは何か、お聞かせいただけますでしょうか。
DAISYとはDigital Accessible Information Systemの略で、読書に障害がある人々のために開発されたアクセシブルな電子出版の世界標準の規格です。音声DAISYやマルチメディアDAISYは、プレイヤーがあって初めて利用することができます。
点字は指で触って読むものですが、小さいころから訓練しないと、なかなか読めません。脳の構造上、触覚が言語を司るところまで届くには、相当熟達しないとできないんです。
じつは、私は図書館員だったんです。東京大学総合図書館に司書として勤務していました。1977年に石川准さん(社会学者、支援技術開発者で国連障害者権利委員会副委員長などを歴任した視覚障害当事者)が点字で受験して、東大に入学してきたんです。ところが彼が読める本が一冊もない。どう対応すべきか、調査をしました。
調査を進めるうちに、点字はコンピュータとなじみがいいことに気がつきました。点訳した紙を渡しておしまい、ではなく、コンピュータにデータとして蓄積していき、次の利用者にも使ってもらえるようにする、というレポートを出しました。ところが書いたはいいが、それを実行する人がいない。自分でやるしかなかったんですね。
点字は六つの点の組み合わせですが、かな文字しかありませんでした。石川さんは学生ですから、レポートを出さないといけない。かなで入力すれば点字として出力されますが、点字のままレポートを出すわけにはいきません。といって、かな文字だらけのものでは読みづらいし、論文の出典には海外の文献もあります。せめてカタカナくらいはほしいから開発して……といったことを二人で試行錯誤していましたね。
当時、英語ではTTSがありましたが、日本には点字しかありませんでした。図書館の蔵書をもっと自由に提供したいと思い、1981年に石川さんと国際図書館連盟の年次大会に行って、点字図書館の分科会で詳しい話を聞かせてもらいました。
──ほかの大学ではどのような対応をしていたんでしょうか。
視覚に障害を持つ全国の大学生10人ほど面談をしましたが、対応が確認できたのはICUのみでした。そうやって面談した学生さんからは、その後相談を受けることもありましたし、入学してから失明した学生さんからの相談も受けました。
──今は大学には必ず支援する部門がありますが、そういう時代だったんですね。そのご経験がDAISYにつながっていくんですね。
当時はソニーのウォークマンが世界的に注目を集めていました。カセットテープが全盛で、日本の音響機器の評価も高い頃でした。録音図書のメディアは、将来どうなるのかということを議論しようと思いました。というのは、カセットテープの前にはオープンリールの時代がありましたが、製造中止になって、それまでのオープンリールに録音した図書が使えなくなるという教訓があったんです。10年間、カセットとオープンリールの両方に同じものを作らないといけなかった。カセットの次には何がくるのかを日本の産業界に聞くというテーマで、電子技術工業会からパナソニックの人を招いて講演とシンポジウムを開きました。これが、「戦略的な見通しを立てることができた」と、大変好評でした。
実際、90年代になるとデジタル技術を使った録音図書への関心が高くなり、特許競争で各国が開発資金を注ぎ込んで研究開発をはじめていきます。
そんな中、スウェーデンのソフトウエア会社・ラビリテンがパソコンで作ってパソコンで聞く、検索機能の優れた録音図書を作ります。同じ時期に日本の電子機器メーカー・シナノケンシが素晴らしい圧縮技術を開発しました。当時のパソコンでは、音声データなら三分間程度でハードディスクがいっぱいになってしまいます。これでは録音図書を聞くことはできません。鍵は圧縮技術でした。
そこで両者の規格を統一し、国際標準規格を作り、それをオープンにするのが望ましいという提案をしました。国際図書館連盟がそれに協力することに合意したのが95年。翌96年にはDAISYコンソーシアムが設立されました。
日本では厚生労働省から3000万円の開発資金を出してもらって、プレイヤーのプロトタイプを500台作りました。これを世界中に提供し、コンテンツはそれぞれの国でパソコンで作ってもらいます。製作ソフトはスウェーデンが提供しました。30カ国1,000人の視覚障害者に実際に使ってもらって調査研究をしています。
──その後、DAISYはどのように普及したのでしょう。
日本では、98年、99年に厚生労働省の補正予算を使って、全国約100カ所の視覚障害者施設に約500台のパソコンを配置し、2,580タイトルのDAISYを製作しました。さらに8,000台のプレイヤーも貸し出せるよう手配しました。DAISYはこの事業で普及したんだと思います。日本のDAISYは、世界で最も早く普及しています。
当時作ったものは今も使えます。
今、世界のDAISYは100万タイトルを超えました。インターネットの技術を率先して取り入れ、すでに決まっている規格だけで組み立て、独自技術を極力排除する。それが規格を長持ちさせるコツです。
最初のDAISYは音声だけでしたが、音声だけだと、人の名前の綴りを知りたいなどの要望に応えられませんでした。そこで、インターネットの技術でSMIL(Synchronized Multimedia Integration Languageの略)という、マルチメディア用の記述言語の仕様を使えばいいんじゃないかと考えました。自分たちだけで作ると、それを管理していかないといけない。そこでW3C(World Wide Web Consortiumの略称。WWWで用いられる技術の標準化団体)に参加し、音とテキストを同期させるという仕様を作りました。今、どこを読んでいるのかをハイライトする技術です。カラオケでは、歌っているところがハイライト表示されますよね。あのイメージです。テキストだけでなく、イラストなども表示することができます。ディスレクシアや弱視の人からも読みやすいと言われます。障害はさまざまあり、その人の読みやすさに合わせられる技術です。お母さんが文字を指でなぞりながら読み聞かせるのと同じです。注意がそこにいきますから、ADHDの子も集中して読むことができます。
──出版業界ではTTSを推進していますが、DAISYでは合成音声ではなく、肉声なんでしょうか。
教科書を例に挙げると、小中学校の教科書は肉声、あるいはTTSの場合は校正し、編集した音声を使います。教科書の場合は、間違いがあってはいけないので、読みを「校正」します。
教科書は間違いを教えるわけにはいきませんが、TTSは日進月歩です。どういう出版物かによりますが、だんだんTTSでカバーできるものが増えていくことになると思います。
私たちもすべての漢字を正しく読めているかというと、必ずしもそうではないわけです。それでも、初出の人名などにはルビが振ってありますよね。二度目以降には振っていなくても、W3Cで規定されているPLS(Pronunciation Lexicon Specification)という発音辞書仕様で記述して組み込むことはできるんです。これを標準化して電子書籍に反映させることは可能です。DAISYと同じことがEPUB3(世界標準の電子書籍の規格)ではできるんです。読みに歪みがありそうなものは、あらかじめ辞書に入れておく。
私たちはそういう技術的な提案もできますし、それを世界に提案することもできます。
また現在、デイジー教科書は文字だけでなく、音も校正していますし、ボランティアの人たちにはそのノウハウもあります。もし音の「校正」をしてみたいという出版社の方がいらしたら、ボランティアの人たちも喜んで協力すると思います。
※河村宏さんにご相談されたい場合は、ABSC準備会宛てにご連絡ください。
info-absc@jpo.or.jp
日本DAISYコンソーシアム
https://www.japandaisy.org/
DAISYのデモがYouTubeで見られます。
(「ABSC準備会レポート 2023年2月号」収録)