目の不自由な人とそうでない人には、情報格差がある。
株式会社オトバンク 代表取締役会長 上田 渉 ueda wataru
晴眼者にとって“常識”になるくらい知られないと、当事者には届かないんです。
2004年創業。「聞き入る文化の創造」「目が不自由な人へのバリアフリー」「出版文化の振興」の達成を目指すオーディオブックのリーディングカンパニー。
日本一のオーディオブック書籍ラインナップ数*を配信する「audiobook.jp」を運営する。
*日本マーケティングリサーチ機構2021年11月調べ。
日本語オーディオブック書籍ラインナップ数調査
私の祖父が緑内障で目が不自由だったんですよ。
祖父は学者でした。家には書斎があって、本もたくさんあった。その書斎には、すっかり埃をかぶった本のほかに、虫眼鏡とか拡大鏡とか、少しずつ目が見えなくなっていく祖父が、本を読もうと格闘した跡が残っていました。
失明して本が読めないという祖父の寂しさを子どもながらに感じて、何かしてあげたいとずっと思っていたんです。大学入学前に何もできないまま亡くなってしまいましたが。
就職活動をするようになると、祖父のような人の助けになりたいと、はじめはNPOに就職するか、立ち上げるかを考えていました。朗読をするNPOや点字図書館、盲学校にもヒアリングに行きました。新潮社のCDブックのご担当者様にもインタビューしました。
いろいろな方の話を聞くうちに、日本の「聴く文化」は希薄だと思うようになりました。
祖父の存命中には、すでに点字図書館もあったし、朗読CDの貸し出しもあった。でも残念ながら、私の家族はそういうサービスがあることを知らなかった。目の不自由な人とそうでない人には、情報格差がある。晴眼者にとって“常識”になるくらい知られないと、当事者には届かないんです。それでオーディオブックを日本に広げるインフラ事業をしようと、2004年にオトバンク立ち上げました。
オーディオブックを作るって、先行投資なんですよね。出版社が音源を作るわけじゃなく、自社でスタジオを設置して制作します。すごい勢いで作るんですが、はじめは出ていく一方です。2007年にサービスを開始しました。
ようやくスタートライン、といったところでしょうか。ここまでくるには、いくつかの段階があったと思います。
まず、iPhoneが出て、アプリが浸透したことでしょうか。弊社の『朗読少女』のアプリは一〇〇万ダウンロードされました。その次が2018年で聴き放題をはじめてから。ワイヤレスイヤホンの普及と相まって、急成長中です。三〇万人だったユーザーは、2021年6月には二〇〇万人を突破しました。
オーディオブックは目が不自由な方だけでなく、本を読むのが苦手な人、学習障害を持つ人などにも向いていると思います。
英語では論文も多く、読解力が向上する、読みの流暢性が上がるという効果もあるそうです。
アメリカでは2009年、キンドル2にTTS機能が実装された時、オーサーズギルドが警告の声明を出しています。TTSはオーディオブックを阻害する要因になりうる、というものです。この時に、出版者が「オン/オフ」をコントロールできるようになりました。
もともとアメリカではオーディオブック市場も大きいし、TTSの影響を受けて原作者の収益も減る可能性もあります。
今はどうなのか、オーサーズギルドにメールを送ったのですが、返信がありません(笑)。
日本ではオーディオブックがそこまで浸透しているわけではありませんが、ディープラーニングが深化してTTSの日本語の精度が向上すれば、新書やビジネス書など、アメリカと同様の懸念が生まれるでしょう。読書バリアフリー法の理念には大いに賛同しますが、無制限にTTSを解放することについては、原作者の収益を守る観点からも慎重になった方がいいと考えます。
(「ABSC準備会レポート 2022年7月号(創刊号)」収録)