全国視覚障害者情報提供施設協会理事長/日本ライトハウス情報文化センター館長 竹下亘氏インタビュー
視覚障害者等、読書が困難な方々の読書が、ボランティアの方々の奉仕だけで支えられているということは、決して望ましくないし、変えていくべきだと思います。出版や本に関わる皆さんと、視覚障害者等への情報提供を担っている施設団体がお互いに補い合っていけば、必ず変えられると信じています。
全国視覚障害者情報提供施設協会 理事長
日本ライトハウス情報文化センター 館長
竹下 亘 TAKESHITA WATARU
大学で点訳ボランティア活動に取り組んだことをきっかけに、1985年、毎日新聞社点字毎日部に就職。1993年、日本ライトハウスに転職(情報文化センター勤務)。2012年、情報文化センター館長に就任。2017年から全国視覚障害者情報提供施設協会理事長に就任。
──まず、サピエ図書館について、お聞かせいただけますか。
サピエ図書館は、視覚障害者等に向けてさまざまな情報を提供しているインターネット図書館です。
ウェブアクセシビリティに対応したサピエ図書館のホームページから、全国の点字図書館やボランティア団体、公共図書館等が製作または所蔵する資料のデータベースにアクセスすると、約80万タイトルの図書や雑誌を検索できます。加盟施設・団体を通じて登録した個人会員は、全国どこからでも点字データ(約24万タイトル以上)、音声DAISYデータ(約11万タイトル以上)、テキストDAISYやマルチメディアDAISYデータ(約1万タイトル以上)などをダウンロードしたり、貸出依頼したりすることができます。
ウェブ上で多様な資料を選んで、直接、点字・DAISYデータを得られるようになり、視覚障害者等の読書の自由が広がりました。
図書だけでなく、視覚障害者に有用な各種情報の集積・提供も順次進めているので、幅広い情報が得られます。また、アクセシブルな図書の製作に関する支援も行っています。
──紙の本を読むことが困難な読者にとって、重要な役割を持っていますね。サピエ図書館はどのようにしてできたのでしょう。
1988年に日本IBMが、点字情報を共有するネットワーク「てんやく広場」を作り、全国の点字図書館やボランティア団体に参加を呼びかけたことから、このサピエのネットワークがはじまりました。
当初は点字図書館、ボランティア団体からの点字図書データのアップとダウンロードからはじまり、後に視覚障害個人の方も、そのデータをダウンロードできるようになりました。
1988年から、国の補正予算で音声DAISY図書の国内普及が本格化する中で、2001年にインターネット化され、2004年には東京の日本点字図書館と、私の勤める日本ライトハウスで「びぶりおネット」という音声DAISYのネットワーク配信サービスをはじめたのです。
そして2009年に厚生労働省の補正予算が付き、2009年、2010年の2年をかけてサピエ図書館が構築されたということになります。
──サピエ事務局ではどのような業務をされているのでしょうか。
サピエ図書館は日本点字図書館がシステムを管理し、全国視覚障害者情報提供施設協会が運営を行っています。サピエ事務局は、個人ユーザーの対応と、施設・団体等の利用支援を行っています。例えばIDパスワード管理の問い合わせや、図書館の方々からは図書を製作する場合の基準、製作した図書をアップロードするときの手順などについての問い合わせに対応しています。利用者からの画面操作に関する問い合わせも多く、こちらは外部委託しているサポートセンターでお受けしています。
また、年に一回、サピエ研修会を開き、視覚障害者等の読書環境の現状やサピエの課題、利用拡大に向けて、会員施設・団体と情報共有しています。
2021年現在、サピエ図書館では音声DAISYのダウンロードやストリーミングが約400万件と非常に多く利用されています。録音図書の貸出も約111万件あります。後者は視覚障害等の方々が点字図書館を通して図書や雑誌を借りている数字で、おもに郵送で対応しています。
サピエ図書館というと、インターネットのサピエは非常に知られていますが、実際にはこのような図書や雑誌の貸出、電話やメールなどで利用者と図書館員がやりとりしている、こういうサービスも、じつはサピエの柱です。この両方が重要だと思っています。
──「サピエ図書館」の課題にはどのようなことがあると思われますか?
一つ目は利用登録者がまだまだ少ないということです。現在、障害者手帳を持つ視覚障害の方が約31万人いますが、全国の点字図書館の利用登録をしている方というのは、約8万人、残り23万人くらいの方々が利用登録をしていない状況です。その中で、サピエ図書館の利用登録者が約2万人、要は8万人のうちの2万人しか利用していないわけです。もちろん視覚障害の方だからといって、必ずしも点字図書館を利用する必要はありませんが、公共図書館でも(地域によりますが)、利用率の高いところは20パーセント台に達しています。
ところが点字図書館の場合は、ほかにほとんど読書手段がないにもかかわらず、20パーセントぐらいの利用しかない、これは非常に残念なことです。
二つ目は、視覚障害の方の高齢化です。現在は、生まれながら、あるいは小さいころからの視覚障害の方の割合がどんどん減っていて、中高年からの視覚障害(見えにくい・視力低下や視野の狭窄が進んでいる)で困難の中にいる方々が多くなっています。そういう方々ですから、単純に「点字の本・録音の本がありますよ」とご案内してもスムーズに利用には至らない。
また「インターネットで、サピエ図書館を利用してください」とご案内しても、高齢の方が多いため、機器を使えない方も多いわけです。
電子書籍を活用している方がいる一方、電子書籍なんて使えない、未だにカセットテープじゃないと聞けないという方が、この8万人の中にいらっしゃって、包括していかなければならない。決してどちらかを切り捨ててはならないわけです。そのため、ひとつの試みとして、今度サピエ向けに対話型AIスピーカーの開発を行い、少しでも敷居を低くし、間口を広げていこうとしています。
三つ目は、ボランティア活動の課題です。日本の点字図書館が発展したのは、ボランティアがいたからです。ボランティアの方々の養成と活動があって、視覚障害者の方々の読書環境がどんどん発展して今日まできた。しかし、視覚障害等、読書が困難な方々の読書が、ボランティアの方々の奉仕だけで支えられているということは、決して望ましくないし、変えていくべきだと思います。
点訳・音訳等のボランティア活動の価値は非常に大きなものがありますが、日本の人口構成や社会構成も変わってきて、ボランティアが高齢化し、減少しつつあります。そういう背景もあって、読書バリアフリー法ができて、出版社をはじめ、多くの皆さんがご参加することによって、これから変わっていくことを期待したいですね。
──ボランティアの養成もされておられますか。
はい、点字図書館にとってボランティア養成(点訳奉仕者・音訳奉仕者等)は根幹となる業務です。
いま全国の点字図書館には、少なくとも2万人の点訳、録音、電子書籍、対面朗読等のボランティアの方がいます。
日本で点訳・音訳等の活動がこれほど盛んで、活発に続いてきたというのは、ボランティアの方々のレベルが非常に高いことを証明しています。
例えば点訳でも、少なくとも半年間に10~20回の講習を受けて試験を受けた方々、音訳録音ボランティアになると、1年半から2年間講習して、三段階の試験を受けないといけないところもあります。とにかく日本語を正しく読んで、視覚障害者がわかる点字や音声に直す、あるいは図や表や絵などに的確な説明を加える、場合によっては図や絵を描く。音訳の場合も小説類を読むのも非常に高い技術が必要ですが、専門書を読む場合、図や表などの説明などはさらにレベルが高くて、簡単にはいかない。
だからそういう点訳者・音訳者をしっかり育てることが大変重要だと思います。
他言語と比較するわけではありませんけど、日本語ってやっぱり非常に奥が深い。
──先ほど挙げられた課題には、サピエ図書館の登録が少ないという話がありました。コンテンツ製作をボランティアの方々に依存しているため、時間がかかっていることも影響があると思われますか。出版業界がご協力することで、早く新刊が利用できることによって、利用者が増える可能性はありますか。
ご指摘のように点字図書館、サピエ図書館の大きな課題として、ボランティア活動に製作を依拠しているので、新刊はどうしても時間がかかる。
そのため出版社の方々に、最初からアクセシブルな電子書籍のデータ、テキストデータを出してほしいということが強い願いとしてあるわけです。
ただ、今後出版社の方々が鋭意努力をして、アクセシブルな電子書籍、もしくはテキストデータを提供するようにされても、すべての本が提供されるのは現実的には難しい。さらに、電子データを合成音声で聴くだけでは理解が難しい視覚的な情報、例えば写真や図表の情報を点訳や音訳の技術で製作・提供するという役割もあると思います。
そういう意味では、お互いに補い合っていくことが重要だと思います。
──公共図書館との連携はどのように考えていらっしゃいますか。
はい、公共図書館の中で、明確に視覚障害の方などを対象にした障害者サービスをしているというところが、1割から2割ぐらいです。
そのサービスを利用している方と点字図書館利用者の重複率は出ていませんが、公共図書館の障害者サービスを利用している方は、情報利用に対してかなり積極的な方だと思います。
ご自身の選択で、点字図書館も利用しているけれども、公共図書館が近くにあれば、対面朗読を利用したり、地域によっては宅配サービスもあるので、それを利用している。
公共図書館に視覚障害の方をはじめ読書に困難を持つ方が来られれば、ぜひ積極的に対応していただきたいですね。
日本は点字図書館が80館以上あって、欧米に比べてまちがいなく多いですが、県に一カ所しかない地域も多いんです。
また、視覚障害で障害者手帳のない方は、無料の郵送貸出は利用できませんので、来館しないと本が借りられない。そういった意味では、やはり最寄りの公共図書館で利用できることが重要だと思います。
──最後に本誌をご覧の皆さん、とくに、出版関係のみなさんにメッセージをいただけますか。
出版関係のみなさんも、出版事業の維持で本当に大変だと思いますので、ぜひ、私ども視覚障害者等の情報提供をおもに担っている施設団体との情報交換・意見交換・連携を進め、どちらかが主になるというわけではなくて、お互いに補い合っていく形で、読書バリアフリーを進めていきたいと願っています。
(「ABSC準備会レポート 2023年2月号」収録)