株式会社スタジオ・ポット 代表取締役社長 沢辺均氏インタビュー
「パッケージファイルをください」のひとことで新しい可能性が広がるので、まずは電子書籍の取り組みをはじめるといいですよ。
株式会社スタジオ・ポット(ポット出版)代表取締役社長 沢辺 均 SAWABE KIN
1987年にデザイン事務所を立ち上げ、1989年にポット出版を設立。1999年、出版社5社で版元ドットコムをつくり、書誌・書影情報のデータベース化、ウエブサイトでの公開、書店・取次など業界各所への自動転送、実売情報のデータベース化などに取り組む。ポット出版における電子書籍の取り組みは、2000年に.book(ドットブック)での電子書籍出版を皮切りに、2012年からは、紙本とEPUBでの電子書籍の新刊同時発行をはじめる。著書に『電子書籍の制作と販売』(ポット出版)など。
──沢辺さんはオンラインセミナー「出版業界による読書バリアフリー対応のいまとこれから」で、TTS(Text to Speechの略。自動音声読み上げのこと)の電子書籍やテキストデータの抽出など、どう対応していいかわからない出版社が多いんじゃないか、という課題を提起してくださいました。今回はそういう出版社に向けて、実務的なお話を聞かせてください。
紙の本の印刷データは、内製か外注かで作られていると思います。内製型には、大手出版社のように、デザイン会社や組版会社を子会社として抱えている例もあります。
ポット出版は前者です。内製だから、印刷データは社内で管理されていて再利用しやすいですが、出版社の多くは外注でしょう。印刷用データが外注先にある。最終の印刷データのテキストから電子書籍を作るためには、それを納品してもらう必要があります。そもそも、印刷用データを納品してもらえるのかという不安も聞きますし、さらに納品してもらえば、それを社内で管理するルールを決めておくという課題も出てきます。
──御社ではどのようにデータ管理をされているのでしょう。
NAS(Network Attached Storageの略。ネットワークに接続して使う記憶媒体・ハードディスクのこと)をファイルサーバーとして使っています。単行本ごとに「ISBN+タイトル名」のフォルダを作って管理しています。データはInDesign(Adobe社のDTPソフト。ほとんどの出版物の制作で使われている)で制作して、校了後は印刷用にX-1a規格のPDFデータを印刷所に渡します。
同時に、InDesignの「パッケージ」で出力したものを一式保存します。「パッケージ」は、InDesignデータだけでなく、PDFファイル、本文にリンクして貼り込んだイラストや図版を自動的にコピーしてまとめてくれます。ポット出版では、このパッケージを電子書籍制作会社に渡してEPUBを作ってもらい、紙書籍と同時配信をしています。
「パッケージ」はInDesignに搭載されている機能なので、外注先からデータを取り寄せなければならない場合、「最終データのパッケージファイルを納品してください」と依頼するのがいいと思います。データはGIGAファイル便など、大容量に対応するファイル転送サービスでやりとりできます。
これまで電子書籍に取り組んでいない出版社も、この「パッケージ」を納品してもらって、電子書籍制作会社でEPUB化するというフローで、新刊の電子書籍制作・販売をはじめるのをお勧めします。既刊をどうするかは、そのあとに考えればいいと思います。
──ありがとうございます。多くの出版社は、すべての出版物をアクセシブル対応しなければならないと構えている節があるんですが、ABSC準備会では、これからどうするかを最優先で考えたいんです。
既刊でも古いものは、データがあるかどうかもわからないし、あったとしても、InDesignやOSのバージョンなど、テキストを利用するのに一工夫必要なことも多く、手間も時間もかかります。だから、まずは新刊の電子書籍化からはじめるのがいいでしょう。そうすることで、電子書籍制作・販売のノウハウも獲得できます。
文字ものの電子書籍は、出版社の売上を拡大します。版元ドットコムの組合員社でもある青弓社は、電子書籍の制作・販売をはじめて、売上が約10パーセント上がりました。もちろん、青弓社は専門書版元で、電子図書館への売り込みをがんばったということもありますが、このご時世で売上を10パーセント上げるというのは、大変なことです。「パッケージファイルをください」のひとことで新しい可能性が広がるので、まずは電子書籍の取り組みをはじめるといいですよ。
また、電子書籍を電子書店のビューアー(閲覧用アプリ)からTTS機能で読み上げてもらえるようにするのが、本をアクセシブルにする第一歩で、もっとも近道でもあると思います。
電子書店のビューアーのTTS対応はまだ途上ですけど、ABSC準備会で、電子書店への働きかけをしていけるといいですね。
(「ABSC準備会レポート 2023年2月号」収録)