株式会社現代書館 代表取締役社長 菊地泰博氏インタビュー
過去の出版物まで対応していくのは難しいと思いますが、これから出版するものについては、データさえあれば、対応の手間はそんなにかからないですよ。
株式会社現代書館 代表取締役社長 菊地 泰博 Kikuchi Yasuhiro
1967年創業。「知識を専門家だけのものにせず、いかに分かりやすく伝えるか」を原点に、福祉、教育、人文、社会、歴史、民俗、フェミニズムとジェンダー関係の書籍や、定期刊行物として「季刊福祉労働」、「シモーヌ」を出版している。これまでサントリー学芸賞・講談社ノンフィクション賞・城山三郎賞・梓会出版文化賞特別賞など多くの受賞歴がある。
──現代書館の出版物の奥付には、障害によって印刷された文字が読めない・読みづらい方のために「テキストデータ請求券」が付いています。これはいつごろから始めたのですか?
2007年からですね。おもに文字ものなど、テキストデータ(以下、データ)を提供できる書籍には請求券を付けています。季刊誌「福祉労働」に関しては、2000年頃から必要な人へのデータ提供をしていましたが、これを一般書籍にも拡大していくべきだと、担当編集者から強い要望が出たことがきっかけです。うちは福祉問題を多く扱っているので、障害当事者の方からの声が届く。それで、社内からはずっと「障害がある方へのデータ提供は必要でしょう」と言われていたんです。
じつは私は、はじめはデータの提供には反対していたんです。著作権は厳しく管理していて、出版社は著作者の権利を守るものという意識が強かったから、データを無料で提供するなんて考えられなかった。
でも時代の流れもあったし、「福祉労働」を出していたこと、編集担当者からの強い要望で、考えも変わっていきました。
実際、うちで出しているような専門書等はご自身のために読まれるもので、悪用は考えにくいし、これまでに被害を受けたこともありません。何百万部も売れているような本ならわかりませんが(笑)、無断転用はない前提で提供しています。
──具体的にはどのように対応しているのでしょう。
住所・名前・電話番号・メールアドレスとともに、請求券が届きます。編集担当者の確認後、総務がデータ請求者に連絡します。証明書を求めたり誓約書を交わしたりはしていませんが、障害当事者の個人利用に限ること、著作権法に基づいて利用することなどの条件を書き添えて、メールでデータを送っています。たまに、図書館(特定書籍・特定電子書籍等の製作者)からも請求がありますが、条件の文面を少し変えています。
──問い合わせに応じて色々なひな型があるのですね。どのくらいの頻度で請求が来ますか。
年間で50件程度でしょうか。お馴染みの方からの請求がほとんど。電子版も並行して出していることもあって、このごろはデータの請求が減ってきているような気がします。今後、ABSC準備会で進めるTTS(Text to Speech:自動音声読み上げ)対応の電子書籍の拡充によって、問い合わせはさらに減るでしょう。
──対応を考える出版者に、何かアドバイスはありますか。
うちでは、文字ものを中心に対応していて、すべての出版物に請求券を付けているわけではありません。とくに図表等が多いものは対象から外しています。まずは、できるところから始めることです。
また、うちは最終データをすべて社内で保管していますから、あまり負荷なくデータ提供ができています。最終データは自社で管理できるよう、組版会社・印刷会社らと取り決めておかないと、対応は難しいでしょう。出版物の最終データがどこにあるのかを確認することから始めて、できれば出版者のものとして持っておく方がいいと考えます。過去の出版物まで対応するのは難しいと思いますが、これから出版するものについては、データさえあれば、対応の手間はそんなにかかりません。
著者にも許諾を得ています。これまでに反対した著者は、誰もいません。
障害のあるなしにかかわらず、読みたくても読めない、知識を得たいけど得られない人にも、読んでもらう方法があるならば、それを提供するのが出版者の役目だと思います。
テキストデータ提供対応のひな型をご紹介しています。
詳しくは下記のURLからWebサイトをご覧ください。
https://jpo.or.jp/abcs/report/1/sample/
(「ABSC準備会レポート 2022年7月号(創刊号)」収録)